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獅子吼高原スカイフェスタ2004 [第4部:曳山を飛ばせ!栄光の大空へ:前編]

獅子吼高原スカイフェスタ2004 [第4部:曳山を飛ばせ!栄光の大空へ:前編]

パラジェクトX 挑戦者たち 「栄光は挑戦者たちに輝いた」

この物語は、獅子吼スカイフェスタで栄光を勝ち取るまでの、熱きフライヤーたちの挑戦の記録である

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開会式に乱入せよ!!

2004年7月31日。獅子吼スカイフェスタ2004の当日、会場である鶴来町の獅子吼高原には、熱気球や大道芸人たち、大空芸人たちが持ち込んだ仮装の作り物、同時に行われるアキュラシー大会の選手で賑わっていた。

今年の作り物には大物が目立っていた。単純に大きさだけを比較すると曳山はそれら大物よりもいくらか小さく見え、やや迫力に欠ける気さえした。

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大物の中に並ぶ曳山

心配された台風は進路がそれたために獅子吼においては大きな影響を及ぼさないようであったが、テイクオフの風はフォローだったため今日飛ぶことが出来るかは疑問だった。この場合、更にインパクトを増幅させるには、存在感を示す必要がある。その秘策はすでに用意されていた。

獅子舞などの祭りでは”華”を打ってもらった目録を口上として述べるのである。また、”華”以外においても口上を述べる場面がある。これを開会式に行おうと言うのが秘策中の秘策であった。

目録も、職人関沢がこだわって手作りされた。これは、前日に作られたものであった。文字も関沢自身が書き入れた。

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吹流しはフォロー(上) 華の目録(下)

最初の口上は藤野が述べることになった。目録は関沢が担当した。開会式が始まり、鶴来町長の挨拶や来賓の挨拶が続く。口上を述べるためにはこの式典に乱入しなければならない。しかし、乱入の場を間違えると、式典自体をぶち壊すことになる。藤野は慎重にタイミングをはかった。

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開会式の様子

開会式も終わりそうなムードを察知し藤野が準備を開始した。司会者が閉会を告げようとしたその時、「飛び入り!!」と叫んで藤野が前に飛び出して行った。

町長はじめ審査員も兼ねる来賓の方々の前で、口上を始めた。みな、最初は怪訝なムードであったが、やがてムードは祭りへと動き始めた。

続いて関沢が目録を読み始めた。笑いも誘う絶妙な口上で、開会式を制した。

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開会式で目録を読む関沢

再現された曳山まつり

フォローだった風もやがて正面から入るようになると、マイククングのパフォーマンスが始まった。その後、アキュラシー大会も開始され選手が次々とテイクオフして行く。

仮装のパラグライダーも小さいものから順にテイクオフに運ばれ、やがては空へ飛び立って行き、いよいよスカイフェスタらしくなってきた。曳山を飛ばすには良い風を選びたい。

恵子、関沢、藤野らは、昼から午後にかけての時間帯を曳山を飛ばす時間に設定した。

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打ち合わせるメンバー(上) 賑わうテイクオフ(下)

曳山をテイクオフへ移動させる時間が来た。

「いよいよだ」。みな、そう思った。

恵子が、CDのスイッチを入れた。

大音量で、祭りの御囃子が流れる。誰ともなく掛け声をかける。「イヤサー!イヤサー!!」。拍子木が鳴り、渡辺氏が持ってきてくれたチンチンが響く。

小林が曳山を先導する。訪れていたギャラリーは、「何ごとか?」と言う顔をしたが、やがて曳山に注目が集まった。

曳山が坂を降りながら巡航し、階段に差し掛かった。最大の見せ場だ。御囃子の調子が早くなる。小林が笛を吹き、メンバーははたきを振る。大きな掛け声と共に、曳山は旋回し、担ぎ手たちによって階段を運ばれていた。

曳山まつりは、獅子吼の地で見事に再現された。

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いよいよ曳山まつりの開始(上) テイクオフまで巡航中(下)

ライバル出現

派手な演出と曳山で勝負を賭けたハミングバードに手強いライバルが現れた。

パラパーク京都を本拠に活動するBIRDSパラグライダースクール。獅子吼スカイフェスタには初回から参加し、2000年、2001年と2年連続最優秀賞を受賞した強豪である。

彼らの作る出し物は吹流し系の作品で、常に美しさを空中で表現するスカイアートにふさわしいものばかりであった。今年は、「キリン」と言う奇抜なアイデアと、それを芸術の域まで高める色彩鮮やかな作品で勝負してきた。

さらには、テイクオフで寸劇まで演じる演出で観衆を惹きつけていた。

テーマは

「紙しばい ウタとキリンのふしぎ旅」

キリンの首を上手く表現していた。まさに、アートだった。

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最大のライバルBARDSの「紙しばい ウタとキリンのふしぎ旅」(写真:山本昌明氏)

ハミングバードが勝つためには「飛ぶこと」が最大の条件だった。仮装フライトである以上、曳山まつりでいくら目立っても飛ばなければ意味がない。

しかし、天候は急速に悪化し、周囲は白いガスに包まれ、やがて雨になった。大物系の出し物を一旦テントに退避させ、天候の回復を待った。

寸前の決断

願いが通じたか、やがて雨も止んだ。フライトが再開されたが、テイクオフの風は弱く、時折フォローになってもいた。誰もが、今日のフライトは厳しいと思っていた。

とりあえず曳山をテイクオフへ運び準備をしていたところへ、テイクオフを取り仕切る半谷氏から声がかかった。

「曳山を飛そう!」。

大物を飛ばすには条件的に厳しかったが、今日飛んでおけば後が楽になる。ライバルの出現で、冷静さを欠いていたメンバーは、慌しく準備に入った。

小ちょうちんを飛ばし、大ちょうちんを飛ばす。が、赤い大ちょうちんがテイクオフでクラッシュした。風は明らかにフォローだった。

藤野は、「これが曳山だったら・・・」とゾッとした。

ここで、曳山のフライトは中止された。

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ガスに覆われた獅子吼(上) 小ちょうちんの高田氏(下)

明日こそ!!

初日のフライトはかなわなかったが、メンバーに落胆の色はなかった。むしろ、飛ばないことが正解だったと考えていた。

無理して飛んで失敗していれば、曳山は大破していたに違いない。明日がなくなってしまうのである。今日飛ばなかったことで、明日にチャンスが繋がったのだと思った。

夜のパーティーでは、満面の笑顔で明日に希望をつなぐメンバーの顔があった・・・。

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1日を終えて楽しく騒ぐメンバーたち・・・


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管理人

名前:Pikaichi

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1992年にパラグライダーを始めて20年以上飛んでいます。 立山エリアをベースに、「Tateyama Team-C」のメンバーと共に全国の競技会に出かけています。

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