Paraglider Pikaichi

空を飛ぶ趣味を「パラグライダー」で叶えたPikaichiと仲間のサイトです

パラグライダー回顧録(5.大会スタッフデビュー)

time 2014/11/03

パラグライダー回顧録(5.大会スタッフデビュー)

昔は、今とは違った意味で大会が盛んに行われていました。今も昔も大会には人手がいるのは変わりませんから、当時もクラブ員の先輩方やスクール生がスタッフとしてお手伝いしていました。

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スタッフデビュー

Pikaichiが大会スタッフとしてデビューしたのは1992年に開催された「立山グリーンカップ」。ナショナルポイントリーグなどのバリバリコンペではなく、楽しむための大会と言う位置付けでしたので、競技内容は「シークレットパイロン」とか「セットタイム」とか「ターゲット」でしたね。それぞれがどんな競技かと言いますと・・・。

シークレットパイロン

設置されたパイロンに「文字や数字」などが書かれており、選手はパイロンを確認した証として「どのパイロンは○○が書いてあった」と申告して判定する競技です。GPSが使われる以前はパイロンなどの目標物を周回した証拠として写真を撮影していました。しかし、空中から写真を撮影するにはそれなりに技術も必要ですし、やみくもに撮れば良い訳ではなく「セクター」と言われる「指定された角度・アングル」で撮らなければなりません。これが難しかったり理解できない人が多かったです。でも、シークレットパイロンならば、写真を撮る必要もないためビギナー向けと言えました。「あのパイロンなんて書いてあったっけ?」と忘れてしまう選手がいるのもシークレットパイロンの面白いところ。帰着までにパイロンに何が書いてあったかしゃべってしまう選手もいたりするので「帰着申告終了までは会話禁止」なるルールも登場しました。さらに変わり種のシークレットパイロンと言えば、地上に置いてある車をパイロンにして「メーカーと車種を当てる」と言うのもありましたが、上空からは全く判別できずに大ブーイングと言う話もありました。(これは立山の大会ではありませんが・・・)

セットタイム

今でも開催される種目ですが、テイクオフしてからランディングするまでの時間を申告し、その申告タイムに近いタイムを出せば良い・・・と言う結構単純なルールです。選手はストップウォッチを持ってテイクオフした時間からタイムを計測し、申告時間が近くなると大急ぎでランディングに向かうのですが、ランディングが込み合うと選手もスタッフも大混乱になります。降りた選手に「何番のどなたですか?」と確認するのですが、ランディングが立て込むと「誰がどの順番に降りたか」がわからなくなってしまいます。当時は参加者も多かったので、スタッフ泣かせの競技でもありました。

ターゲット

基本的には現在のターゲット競技とルールは同じです。指定点になるべく近い場所へ着地すれば良いと言うルールです。「最初に地面に設置した身体の一部を接地点とする」なんてルールだったので、ケツランしたりと言う場面もあって危険でした。そんなこともあって、足以外は認められないルールに変化して行きました。

Pikaichiの役割は「セットタイムのランディング側時計係」でした。選手が着地したらストップウォッチを押して、印字された時刻の横に機体の名前を記入して後からゼッケンと照合(降りた本人にゼッケンを聞いて追記)するお仕事です。まず最初にテイクオフとランディング間での時計合わせ。無線でカウントダウンして双方同じ秒数になるようにします。あとは競技が始まって選手が降りてくるまですることはありません。

ストップウォッチはこんなヤツです

アナログな世界

さぁ、競技が始まって選手はシークレットパイロンを取りに3番方向へ向かっています。しばらくはのんびり「観戦モード」なのですが、そのうちにポツポツとランディングに向かってくる機体が出てきます。日本各地から選手が来ているので、参加している機体も様々です。パラワールドを読んで勉強?していた甲斐もあって、ある程度の機体は判別できました。選手が降りたらストップウォッチを押してからゼッケンを聞きに行きます。ポツポツからジャンジャンに変わると大忙しです。機体を判別するのもランディングの順番をメモするのも大変。先に降りると思っていたら結構伸びて後に降りたり、極楽坂のリフト線に引っかかったり(今は撤去されて照明になっていますが、その場所にあった第一ゲレンデのリフトに引っかかって機体を破くことがよくありました)して、地上スタッフは「てんやわんや」です。

IMG_1831

ひととおり競技が終わると、メモしたストップウォッチのレシートを見ながら選手の降りた順に集計表に記入して行きます。ゼッケン、名前、機体、降りた時刻を記入して、プリントアウトされたレシートもセロテープで貼り付けます。これでPikaichiの仕事は終了です。お疲れ様でした。

本集計はと言うとまさに「アナログ」な世界です。ランディングの時刻が書かれた用紙(先ほどPikaichiが作って提出した用紙)と、テイクオフでも同じ用紙が作られて提出されているので、この2つをまとめて実際のフライトタイムを算出します。手計算だったと思います。当時パソコンと言えば高級品です。日本ではNECのPC98シリーズ全盛時代から、ようやくPC/AT互換機なるものが出て来始めた頃。OSと言えばMS-DOS。PCを持ってる人(しかも持ち運べるラップトップ)が居る場合は「ロータス123」と言う表計算ソフトでリザルトを作成することが出来ましたが、それも結構知識のある方がスタッフとして参加していないと無理な話。みんなで手分けして最終的なリザルトを作成して行くので、それはそれは時間がかかりましたね。

lotus123

そんな状況でも、選手は閉会式まで残っていました。お遊び大会だったからだと思いますし、結構賞品も良かったような記憶があります。フライトスーツとかもらってましたね。羨ましかったです。

この時、「パラグライダーの大会ってなんて時代遅れなことをやっているんだろう?」と思いました。その後、Pikaichiがクラブで大会に関わって行くことになるのですが、集計システムは当然整備してExcelで集計表を作ったりしましたね。この時の出来事が発端になっているのですかねぇ。今思えば・・・ですが。

ホントにアナログな時代でした。

 

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管理人

名前:Pikaichi

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1992年にパラグライダーを始めて20年以上飛んでいます。 立山エリアをベースに、「Tateyama Team-C」のメンバーと共に全国の競技会に出かけています。

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